体験記

当研究室で研究・実務修練に関わった方の体験記です。

産業衛生学専攻(修士課程)
楠本 朗

臨床医として働いていた時、今後労働生産人口が減少していき、第二次ベビーブーマー世代は働き続けていくことが求められ疾病予防こそが重要になる、予防となると産業医として働くのがいいのではないかと考えました。ただこの時点で日本医師会の認定産業医は持つものの産業医経験はなく、漠然としたイメージがわいただけでした。また同時にこうも考えました。企業にとって最も重要なことは利益を出すことです。健康投資や予防的なアプローチにコストがかかるのであれば、企業にとって積極的にやろうという動機にはなりません。予防に対するコストを企業がどう受け入れていくかが問題と考えていました。

そんな矢先、第86回日本産業衛生学会(2013年)が松山で開催され、そのシンポジウムの一つのテーマに「健康会計」というものがありました。拝聴いたしますと疾病で生じていた企業のコスト負担が、予防的な対応をすることでそのコストを軽減することを証明していくという内容であり、まさに私が関心を抱いていた問題に当研究室が取り組んでいることを知りました。学会後、研究室に連絡を取り見学する運びとなり、その際、新たに産業衛生学の修士コースが開設されると伺い、産業保健全般を勉強するにはちょうど良いと考え、2014年度から入学することに致しました。

産業医科大学出身ではない私は研究室にとって外様になるわけで、入学に際して一番の懸案事項は産業医大出身者と比較すると不利益を被るとまではいかなくとも、不公平を感じることがあるのではないかというものでした。しかしその点につきましては全くの杞憂でした。いろいろな研究テーマがあるのですが、私が興味を示しますと、「一緒にやりましょう」と、即座にチームの一員として受け入れていただき、様々な研究に楽しく関わらせていただきました。もし仮に当研究室の研究テーマにご興味があり、研究はしてみたいが、「研究室の雰囲気が分からない」「他大出身で大丈夫だろうか」とお悩みの方がいらっしゃれば、問題ありませんとお答えいたします。

当研究室で研究を行うその他のメリットと致しまして、産業医活動の相談を行うことができる点があげられます。工場など有害業務の産業医を一人で始めるということは、なかなか敷居が高いと思われます。在学中は数企業で嘱託産業医をやりながら研究をするというスタイルでしたが、有害業務対応などで困ったときすぐに相談することができ、大変助かりました。労働生産性の研究を行いながら産業医活動を行い、研究、産業医活動両面において指導を受けるというメリットを享受することができ、大変実りのある2年間でした。

ついでに細かい話を致しますと大学院に進まれた場合、大学院1年目は産業保健の講義を受講しなければなりませんが、18時から21時という時間設定となっており、産業医活動など仕事の後に受講することが可能です。また毎週月曜日は研究室のスタッフ全員が集まり、研究の進捗状況等を確認する日になっていますので、月曜日は終日研究室に出務することが望ましいでしょう。

当研究室の研究に興味をお持ちで、同時に産業医業務の指導も希望される場合、遠慮なく当研究室へ連絡されることをお勧め致します。自分から突然連絡するのは敷居が高いという場合は、毎年5月に日本産業衛生学会が開催されます。当研究室から毎年ポスター発表をしていますので、研究室のことを知りたい場合、演者に研究についていろいろ質問される手もあるかと思われます。

産業衛生学専攻(博士課程)
橋口 克頼

私は産業医科大学を卒業後すぐにパナソニック健康保険組合に就職しました。企業立病院である松下記念病院で臨床研修を2年間経験し、その後20年以上パナソニックグループの産業医の役割を果たしてきました。

最近の卒業生は大学での系統だった産業医としての卒後教育を受けている方がほとんどですが、私はそのような指導を受けていなかったため、産業医になって間もない頃は、様々な機会を見つけては先輩方のノウハウを見聞きし、それらをベースに自分なりに現場で試行錯誤しながら、産業医としての経験を積み重ねていきました。ある程度の経験年数になると、自分なりの産業医としての形はできたものの、日々の業務をこなしながら、果たしてこの方法でいいのか?この従業員さんの対応はこの方法でよかったのか?など自問自答することが多くなっていました。

2016年、母校で、社会人でも産業衛生学専攻の学位を取得することができるコースが新設されたということを知りました。産業保健に関する知識や情報のインプットをはじめ、長年蓄積された情報から新たな知見を見出すような研究ができる能力を身につけたいと思っていた私は、当時47歳と大学院生になるにはおそらく遅い年齢でしたが、思い切って大学院博士課程後期の大学院生となることを決意し、産業保健経営学研究室でお世話になることになりました。研究テーマは、私自身が以前から学会などで発表していた内容を拡げたものを与えていただき、「産業保健スタッフによる介入が、従業員の生活習慣病とその合併症の発症および医療費に与える影響」となりました。研究を進める際に、できる限り教室に足を運んではいましたが、私の勤務地・居住地が大阪であったため、リモートを活用しながら指導をしていただけるような工夫もしていただきました。森晃爾教授、指導教員の永田智久先生のご指導のおかげで、なんとか「産業保健サービスの存在は企業における高血圧および糖尿病のEffective Coverageを向上させるOccupational Health Services Improve Effective Coverage for Hypertension and Diabetes Mellitus at Japanese Companies」というテーマで学位論文を仕上げることができました。

学位取得に関して、振り返ってみて思うこと、感じたことが3点あります。①働きながら博士をとることなかなか大変である。できるだけ吸収力があり体力もある若い時期、卒後早い時期に取得を目指す方が良い。②データを使用した研究の場合は、データの持ち出しはリスクが高い。そのため、業務での出張が多い方にとっては、研究する時間に制限がでてくるので要注意である(クラウドの活用などで解消できる可能性もある)。③博士後期課程だけでも期間は3年間ある。その間に自身の会社での状況・立場、家庭での変化はつきものなので、3年間に自分自身に起こりうる環境の変化を事前にしっかり想定してから計画を立てる方が良い。この3点は、今後学位取得を目指す方の参考になればと思います。

私が、学位論文の執筆、学位の取得で得た結果は、企業が産業保健職を雇うことの経済的なメリットを説明する際の一つの根拠となり得るものとなったと思います。大学院生活で得たもの知見は、その後の私の業務上の様々な場面で活用することができただけでなく、私自身が産業保健活動を続けていく際の心のよりどころのようなものになりました。学位取得の道のりは険しかったですが、チャレンジをしてよかったと今でも思っています。

産業衛生学専攻(博士課程)
大森 美保

企業で保健師として働いていたころから、働く人がいきいきと仕事ができるために何ができるかを考えていました。その当時、2012年に名古屋で開催された日本産業衛生学会で産業保健経営学の先生のご発表を拝聴して、研究という形で働く人に貢献をすることに関心を持ち、産業医科大学に着任したことを機に、産業保健経営学研究室にお世話になることを決めました。

学位取得までの道のりは、決して楽ではありませんでしたが、自分の研究は働く人の役に立てるという信念を持ち続けることが、研究を進める原動力になりました。研究を進めるうちに、「この研究は社会に貢献できるのだろうか」と何度も信念が揺らぎましたが、森晃爾教授、永田智久先生、永田昌子先生の温かくも厳しいご指導やサポートのお陰で、「日本企業における職場のソーシャル・キャピタルとプレゼンティーイズムおよびシックネス・アブセンスの関係」についての博士論文を仕上げることができました。

産業保健経営学研究室では、産業保健の最新の研究、産業保健現場に活かせるスキルや能力、経営学や経済学に至るまで多くの勉強会が開催されています。研究に没頭し、働く人のためという研究の本質を見失いそうになったり、自分の研究だけの狭い世界に引き込まれそうになりましたが、これらの勉強会のお陰で広い視野で物事が考えるようになり、自身の研究の立脚点を見直すことができました。また、産業保健経営学研究室のほとんどが産業医や医師の先生ですので、保健師である私でも大丈夫だろうかという不安がありましたが、職種を超えた歓迎ムードの中、学びを深め合うことができましたし、ここでの人脈も私の財産になっています。

今後は、大学院で身に着けた力を活かし博士論文の研究テーマをさらに発展させ、真に働く人に貢献できる研究を進めていきたいと思います。